AZUSA INSTITUTE OF RESEARCH 梓総合研究所

JP / EN

識者の見聞録(研究理事)

HOME > 識者の見聞録(研究理事) > 3度目の社会変革期を迎えて~日本の危機と機会~

3度目の社会変革期を迎えて~日本の危機と機会~

KIYOAKI MURAKAMI

2023.08.02

100億人が豊かに暮らすには4個の地球が必要

人類は技術の進歩により、より多くの自然資源を利用することで、より豊かな生活が可能となり、寿命が伸び、人口が増大してきた。このメカニズムが持続可能となるには、資源の再生産量と使用量がバランスすることが必要である。ところが、現在、人類は、地球の生態系が生産可能な1.75倍の資源を消費している(1)。1.75個の地球が必要ということを意味している。世界中の人が先進国と同じように暮らしたら、より多くの地球が必要となる。仮に、世界中の人が日本人と同じ生活をしようとしたら、2.9個の地球が必要となる。さらに、今世紀中には地球の人口は100億人に達すると予測されており、増加する20億人のほとんどは途上国であることを考えれば、100億人が、現在の先進国と同じ暮らしをしたら、4個程度の地球が必要となるだろう。

(1)EARTH OVERSHOOT DAY
Social Media and Visual Content – Earth Overshoot Day

新たなフロンティアの創造

地球の生態系の生産量と人類による消費量の4倍のギャップをどうすれば埋めることができるだろうか。もし、有効な解決策を講じられなければ、資源価格の高騰、争奪が起こり、地球の破滅より前に、人類は自ら破滅の道を歩みかねない。

地球の生態系の生産量が変えられないのであれば、生産量に合わせた生活にするという方法も考えられるが簡単ではない。現在、一つの地球で足りる暮らしをしている国は、インド(人の生活であれば必要な地球は0.8個、以下同じ)、フィリピン(0.9)、ミヤンマー(1.0)、インドネシア(1.1)等の国である。これら国の人が今の生活で満足することはありえないし、先進国の大多数が長期にわたり、生活水準を大幅に落としたり、我慢したりすることは非現実的だ。

先進国では、2人で1台が普及しているマイカーの稼働時間は5%程度に過ぎないし、WWFの報告書によれば、世界で栽培、生産された全食品の40%が廃棄されている(2)等の実態を見れば、省資源の余地があるのは確かである。近年のIoTやAI等の情報技術の飛躍的進歩は、いっそうの省資源を可能とするだろうし、所有からシェアリングへというライフスタイルの転換は、モノの必要量自体を削減するだろう。それでも省資源だけで、地球規模で百年単位の長期間に亘り4倍のギャップを、解消するというのは無理がある。

(2)https://wwf.panda.org/discover/our_focus/food_practice/food_loss_and_waste/driven_to_waste_global_food_loss_on_farms/

 

歴史的に見れば、人類は新たなフロンティアを開拓することで、新たな資源を獲得してきた。しかし、今や、地球上にその余地が残されてはいないどころか、すでに過剰利用となっている。宇宙は未開のフロンティアであるが、開拓には莫大なコストと時間がかかる。幸いにして、人類は宇宙よりもはるかに安価で、無尽蔵なフロンティアを創造する術を手に入れた。サイバー空間である。地球1個分の資源という制約条件の下で、リアル空間とサイバー空間を併せて利用することで、地球4個分の生活を実現できれば、地球規模での持続可能な解決策となり得る。日本政府が提唱するリアルとサイバーの融合するSociety5.0という社会モデルに相当する。

 

この融合という状態をつくるには、リアルとサイバーの映像の差が限りなく小さいことに加え、機器、機械、車両等のモノを遅延なく遠隔操作できることが必要である。現在のネットワークは、伝送容量、通信速度、遠隔操作時遅延のどれも、必要な水準に達していない。さらに、こうした高品質のネットワークの維持に要する電力消費量も大きな問題だ。国内のネットワークの消費電力は2030年には93Twh、2050年には9000Twhになると予測されている。これは2020年の国内消費電力量の約1割及び9倍に相当する。2050年までに電力消費量を1/100以下程度に抑える必要がある(3)。

(3) LCS, イノベーション政策立案のための提案書, “情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.2)”,令和3 年2 月

 

非常に高いハードルであるが、それをクリアできる次世代情報通信基盤構想が、動きだしている。現在のネットワークは、通信ケーブル内は光、デバイス内は電子が使われているが、2019年NTTが公表した「IWON構想」は、すべてを光で行うことで、消費電力を1/100、伝送容量を125倍、遅延を1/200にすることを目指すもので、2030年の実現を目指している。この構想の推進母体であるIWONグローバルフォーラムには、国内外100社以上の企業が参加しており、情報通信技術分野における日本企業復活の期待も大きい。

社会モデルの転換に伴う破壊と創造

社会モデルへの転換により地球の持続可能性が高まるとしても、我々の生活はどうなるのだろうか。かつての農業社会から工業社会への転換の時に起こった創造と破壊以上の変化が起こるのは間違いない。工業社会での成功が大きい国ほど破壊のインパクトは大きくなるが、日本もその例外ではない。

モノの大量生産、リアル空間でのサービスを基盤とする工業社会型のビジネスモデルの多くは破壊される。モノの生産やリアルでの対人サービスでは、限界コスト(一単位の追加生産に要するコスト)が増大するため価格維持のメカニズムが機能するが、限界コストがゼロ化するサイバー空間でのサービスでは、価格破壊が起こるからだ。

価格破壊に加え、モノの需要量も減少する。例えば、マイカーは先進国では2人で1台の割合で普及しているが、稼働率は数パーセントに過ぎない。AIにより最適にシェアリングすれば、場所の移動特性にもよるが、10人で1台程度あれば足りるようになる。そうなれば、車両台数は、1/5ですみ、利用キロ当たりの利用コストも所有時の利用コストの数分の1にダウンすることが可能だ。

モノ売り(所有)というビジネスモデルの破壊に対し、サービス化(利用)するだけでは、ビジネスが縮小を埋め合わせすることはできない。新たな市場開拓が必要だ。それは、現在、マイカー所有の恩恵を受けていない人に、安価なモビリティサービスを提供することである。そうすることで、より多くの人が車の利便性の恩恵を受けることができる、それが社会がより豊かになるということである。

社会モデルの転換により大規模な破壊が進行するが、同時に多くの創造も起こる。高度なコミュニケーションだけでなく、これまで現場でしかできなかった農林水産業、製造業、建設業、医療等が、遠隔操作でも可能となる。サイバー空間では、AIの同時通訳が実装され言語も壁も撤廃される。そうなれば、これまでは職場(生産地)に縛られてきた居住地は、その縛りから解放される。遠隔操作は、性別や年齢による職業選択の制限を大幅に緩和する。その結果、仕事と生活両面の自由度が飛躍的に高まる。それだけではない。個々人の能力をグローバル規模で活用できるようになる。ローカルでは需要が少なく仕事にはならないことでも、グローバルなら仕事となる可能性が高まり、現在は存在しない多様な仕事が生まれてくる。

上記のような社会変革は、個人の生活の質や幸福度を上げるだけでなく、人口減少、高齢化、労働力不足、地方衰退等の日本が直面する問題に対しても解決策となる。

 

サイバー空間での経済活動が拡大するとリアル空間の使い方も変わる。稀少なリアル空間は、より価値の高い使い方へと移っていく。ただし、すべての都市、国というわけではない。ディジタルでは作れない価値を提供できる都市や国に限られる。その価値とは、自然、歴史・芸術、文化、食、ホスピタリティ、安全、実体験を通じた感動・学び・創造、人に対する信用・信頼等である。

日本はこれらの多くの点で多様な価値を有している。近年のインバウンドの急増や移住したい国の各種ランキングで上位にランキングされているのは、日本のリアルの魅力の高さを表しているが、まだまだ開拓の余地は残されている。近未来、言語の壁がなくなり、居住地選択の自由度が高まれば、日本は、世界から多彩な才能を引きつけ、結合し、新たな価値を創造する可能性は大いにある。

未来は創るもの

過去200年は、工業社会に成功した国が先進国といわれてきたが、それが持続可能ではないことが明らかになった以上、工業社会にとどまっていれば衰退は免れない。社会モデルの転換には大きなコストを払うことになるが、工業社会を上回る豊かさを手に入れられる可能性がある。しかし、それは、成り行きに任せて得られるものではなく、意図して創り上げていくものだ。155年前の明治維新(1868年)、77年後の終戦(1945)から、戦後の高度成長、バブル崩壊を経て78年目を迎える。3度目の社会変革、困難ではあるが十分元の取れるチャレンジである。

LEADERSHIP 研究理事・役員