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「都市 この小さな惑星の」再読

TOMONARI YASHIRO

2024.05.14

野城智也
誠に手前味噌になるが、私が、和田淳さん、手塚貴晴さんと一緒に、ほぼ四半世紀前に翻訳した書籍を紹介させて欲しい。それは、主著書は建築家Richard Rogers、「都市 この小さな惑星の」、原題 City for a small planetという本である。原著は1997年12月に出版されている。

「こんな本がある」と私が友人であるDavid Gann さん(後に、Imperial College London及びOxford大学教授・副学長)からこのピンク色の表紙の印象的な本を紹介されたのは、原著発刊後半年経った1998年6 月であった。建築家が手がけた本であるだけに、写真や図版が豊富で、パラパラページをめくるだけで、この本がいかなるメッセージを伝えようとしているのかは明らかであった。この本の出会いとのインパクトの強さが、翻訳作業を完遂させる原動力になったことは間違いない。

さて、何故、この本を、いまさらに取り上げるのか?
確かに、この本が出版された頃に比べると、いま、サステナビリティ、あるいは、それらに関連するSDGsなどの言葉は洪水のように溢れている。しかし、例えば、既存建築を除却しZEB Ready/Orientedを新築することが常にサステナビリティの観点から見て好ましいと考えてしまうといったような、言い換えれば「木を見て森を見ず」のような近視眼的な思考や短絡的行動に陥ってしまっている事例が少なからず現実化している。

サステナビリティという言葉が極めて珍しかった時代に出版されたこの本は、建築・都市のサステナビリティは俯瞰的にとらえられ、包括的に構想され、対処されていかねばならない、ということを指し示している。Rogersが懸念し、予言したことごとが、残念ながら顕在化し深刻化している。いま、私たちはもう一度この本に込められたメッセージを読み返し、咀嚼し、俯瞰的に思考し、包括的に行動していかねばならないのではあるまいか。

この本の第一章でRogersは次のような趣旨のメッセージを記している。
「人類が暮らすところー私たちの都市―が、エコシステムの最大破壊者で、この惑星上の人々の生存を脅かそうとしているのは皮肉なことだ」
といって、この本は、問題を掘り下げることに趣旨をおいているのではなく、それらの問題を乗り越える希望も提示しようとしている。その気持ちは、次のような言葉に表れている。

「私は熱烈に信じる。建築と都市計画にかかわる技 (art) は、私たちの未来を安全に守り、サステナブルで文明的な環境をもたらす都市を創造する手段に進化させることができるのだと」「私のこの楽観的な考えは次の三つの理由から発している。それは第一に環境保護の意識が広がっていることであり、第二にコミュニケーション技術が普及していることであり、第三に自動化生産が進展していることである」

まだ、インターネットも普及せず、ロボットの用途も限定的であった時代に、このような洞察を示していることには驚くほかない。そして、本の終章後半では、サステナブルな都市とは、次のような七つの側面をもつ都市であると述べている。

・公正な都市。 正義・食べ物・いえ・教育・健康・希望を公正に分かちあい、誰もが行政に参加することができる場所。
・美しき都市。 芸術・建築・景観が想像力をかきたて魂を揺り動かす場所。
・創造的な都市。 寛容で前向きな試みが、人のもつすべての力をひきだし、急速な変化にも柔軟な場所。
・エコロジカルな都市。 エコロジカルな影響を最小にし、景観と建造物の調和がとれ、建築とインフラが安全で十分に有効活用される場所。
・ふれあいの都市。 公共の場所がコミュニティと人の流れを活性化し、電子的にも、直接的にも情報を交換できる場所。
・コンパクトで多核的な都市。 いたずらに田園地帯にひろからず隣近所にまとまりのよいコミュニティがあり、近場でことがたりる場所。
・多様な都市。 様々な活動の重なりあいが活気とインスピレーションを生み、社会生活を生き生きとさせる場所。

冒頭に述べたような、「木を見て森を見ず」の陥穽にはまり込まないためには、ここに挙げられている七つの側面に立ち返って考える必要があるように思われる。
加えて、現在の日本のおかれた状況に鑑みると、これらの七側面のうち、特に「創造的な都市」は、多くの示唆に富んでいるように思われる。Rogersは、ロボットなどによるモノの生産性の向上や、廃棄物低減化の指向は、もの作りを基盤とする雇用が過少となる未来を予測した。それにかわって、創造的市民性(creative citizenship)が新たな雇用を創出し、豊かさの新たな指標を基盤においた新たな経済システムを生んでいけるはずだと、そのビジョンを示している。
実際、今世紀に入り、欧米の各都市は、Innovation Districtという概念のもとに、都市の中心地区に大学や研究機関を呼び戻し誘致し、そのまわりに多様な専門性・技をもった人々が集積することで、都市を舞台としたイノベーションを起こしていこうという動きを強めている。まさに、Rogersが述べた「創造的な都市」が過去20年間で実現しつつあるといってよい。
翻って日本では、漫画・アニメ、E-スポーツなど、創造的市民性を奮い立たせるネタは多くあるものの、それが集積し、「創造的な都市」としていく発想には乏しく、それゆえに動きはまだまだ薄弱である。誠にもったいないし、あやうい。

実は四半世紀前にこの本を読んで感銘を受けた当時の英国の副首相・環境相プレスコットさんがこの本に盛り込まれた提案を実現するために、RogersさんをリーダーとするUrban Task Forceを組織した。
そのタスクフォースが1999年6月に作成したのが、Towards an Urban Renaissance という報告書であった。この報告書の影響は極めて大きく、続けて2000年11月には、Our Towns and Cities: The Future – Delivering an Urban Renaissance (https://webarchive.nationalarchives.gov.uk/ukgwa/20100807021955/http://www.communities.gov.uk/documents/citiesandregions/pdf/154869.pdf) と題した政府・自治体向けの政策ガイドラインが発刊されるなど、英国の地域・まちづくり政策(planning policy)を変革していく。その変革の波は英国国外にも影響を与えた。
日本の「都市再生」という言葉の淵源の一つが、英国のUrban Renaissanceであることは間違いない。ただ、Rogersが「都市 この小さな惑星の」という本に込めた、サステナブルな都市の包括像や、それによってもたらされるサステナブルな経済システムのあり方など、その基本的な考え方がすっぽり抜けていて、むしろ、Rogersが本のなかで批判しているような考え方で「都市再生」しようとしている事例が少なからず見られるように思う。

創造的な市民性を基盤に、「創造的な都市」という側面を特に意識した、真の意味でのUrban Renaissanceを興していくことがこの国の経済を停滞から再活性化させる機縁になるはずである。そういう意味で、30年近く前にRogersがこの本で指し示した、俯瞰や洞察を再度かみしめてみたい。

LEADERSHIP 研究理事・役員