YUKIO NISHIMURA
2024.04.01
西村幸夫
國學院大學観光まちづくり学部長
文化財保護法は1950年の制定以来、たびたび改正されてきた。その多くは保護対象の文化財の範疇を拡げることが主たる目的だった。建造物に関連した改正だけを取り上げても伝統的建造物群保存地区(1975年)や登録有形文化財(1996年)、文化的景観(2004年)の制度などがある。
2018年の文化財保護法改正は、それまでの改正とは大きく傾向を異にしており、文化財の保存のみならず活用へ向けて大きく舵を切るものだった。筆者は法改正に向けて2017年に文化審議会内に設置された企画調査会での議論に参加し、とりわけ文化遺産の保存活用のためのマスタープランの重要性を強く訴えた。そのかいあってか、2018年改正において、文化財保存活用地域計画の制度が生まれ、2023年12月現在、139自治体で計画策定を終え、文化庁長官の認定を得ている。またこれを上回る数の自治体で策定準備が進みつつあるという。
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文化財保存活用地域計画(以下、「地域計画」)とはどのようなもので、どのような可能性を有しているのか、主として建造物に関わる点を中心に論じたい。
地域計画は、2007年に提唱され、予算措置として導入されてきた歴史文化基本構想の仕組みを法定計画化したものである。歴史文化基本構想も100を超える自治体で策定されてきた。
文化財の保存活用に関する地域計画と聞くと、点的な指定文化財のネットワーク計画といったものを想像してしまいがちである。これにはネーミングの問題もあるが、ここで言う文化財には未指定・未選定のものも含まれているので、たとえば未選定の文化的景観などを加えると広範な地域を対象としたおおきな計画となることができるはずのものである。
歴史文化マスタープランなどと表現した方が一般には分かりやすいように思われるが、法律用語として用いる際に、定義が明確な「文化財」という語が選択されたのだろう。
同様に、「保存活用」という表現も、そもそも文化財保護法が言う「保護」とは、保存し、かつ、その活用を図ることとされているので(文化財保護法第1条)、本来の法の目的に沿った表現であるとも言える。これはこれまでの文化財保護が保存を中心に実施されていたものを、活用を図ることに若干の重点を移すことを含意している。
活用に軸足を移すとすると、従来の保存が疎かになるのではないかという懸念が、企画調査会でも幾度となく示された。これに対しては、保存は前提なのでけっしてそのようなものではないという答弁が繰り返された。建造物の立場からすると、活用されない限り、経費のかかる保存は難しいので、自然なことのように感じるが、美術工芸品を主対象とするような分野に関しては、懸念されるのも理解できる。
ただ、新たに導入された地域計画は、地図上に関連文化財群のネットワークを描き、その物語を軸に計画を立てるというものなので、土地に結び付いた有形無形の文化財が主たる対象となる。したがって、そうした心配はそれほどあたらないのだと思う。
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地域計画の第一の特色として、「関連文化財群」という考え方を計画の中に明確に位置付けたことが挙げられる。これは、地域の歴史文化の物語を多様に描き、それを地図上にプロットすることによって、場所の物語として地域の歴史文化を描くというものである。
関連文化財群という考え方そのものは歴史文化基本構想の際に導入されたものである。それを地域計画の中に明確に位置付けた点に意味がある。
従来、文化財は多くの場合、史跡や建造物、民俗文化財や名勝など、それぞれのジャンルごとに議論が閉じられていたきらいがある。こうした枠を取り払い、これを地域や物語をベースにまちに歴史文化の視点を導入するおおきな契機が、本地域計画によってもたらされることとなる。
建造物に関しても、土地の歴史文化の文脈の中で物語を語るおおきな手がかりとしての役割が今まで以上に期待される。重要な歴史文化の物語をカバーする関連文化財群の区域は、文化財保存活用区域として優先的に保存と活用が図られることになる。文化財の世界に面的な計画と計画実現のための戦略を持ち込んだ点も地域計画の新しいところだろう。
地域計画のもうひとつの特色として、未指定の文化財の扱いがある。従来、未指定文化財の情報はなかなか外部に開かれていなかった。個人情報に関する懸念からである。それが今回の地域計画においては、計画立案の重要な要素として、未指定文化財のリストを巻末に付すこととされ、ひろく公開されることとなったのである。
このことが示唆する可能性は想像以上に大きい。たとえば、将来にわたる文化財保護の長期戦略を立てることも、またそれを一般の市民が知ることができるようになる。さらに、今回の能登の震災のような災害が発生した際に、未指定の建造物リストがあると、不要な公費解体を免れることも可能となる。
地域計画の第三の特色として、これが文化財保護法に根拠を持つ法定計画であり、自治体の部門別基本計画の一翼を担うものだということがある。つまり地域計画は、歴史文化の分野における自治体の基本計画(マスタープラン)である。したがって、他の部門別基本計画と整合がとられていることが前提となる。ということは他のもろもろの部門別基本計画もこの地域計画と矛盾していてはいけないことを意味している。
自治体の部門別基本計画のひとつとして、歴史文化の分野において、今後の自治体の施策に一本の道すじを通すことが可能となったのである。自治体のトップが変わったとしても、おいそれとは変更できない、自治体の基本計画のひとつとなったのである。
参考までに私がかかわった地域計画のひとつ、福井県坂井市の地域計画より、地域の歴史文化のありようを鳥観図で示したもの(図1)と、歴史文化の物語を大テーマと小テーマとに分けて図示したもの(図2)を挙げておきたい。また、坂井市の主要な拠点として北前船の寄港地であり、九頭竜川河口の川湊である三国湊の遠望(図3)も挙げておく。図1にも示されているように、九頭竜川下流部右岸をひろく潤している十郷用水という中世にまで遡る灌漑施設に光が当たることになったのは、ひとえに地域計画策定の際の議論による。
図1 福井県坂井市の文化財保存活用地域計画における歴史文化の物語を鳥観図で示した図
(出典:『坂井市文化財保存活用地域計画』福井県坂井市、2022年7月、54-55頁)
図2 福井県坂井市の文化財保存活用地域計画における歴史文化の大テーマとそれをさらに細分化した小テーマの図
(出典:『坂井市文化財保存活用地域計画』福井県坂井市、2022年7月、57頁)
図3 福井県坂井市三国湊の遠望
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また、今回の文化財保護法の改正によって、文化財保存活用支援団体の認定制度が導入された。同制度はまだうまく使いこなされていないため、注目度が高くないが、将来的には大きな可能性を秘めているということができる。
これまでは、指定文化財としての建造物の場合、所有者にかわって管理責任者を置くことや、文化庁長官が指名する管理団体といった制度は存在していたが、これらの仕組みは文化財の保存や管理のためのものであり、文化財の活用に対しては、特段の制度が存在しなかった。ここにも文化財保護が保存に偏っていたという歴史が反映しているといえる。
それが今回の法改正によって歴史的建造物の本質的な価値を守りつつ、魅力的に活用することに実績を有している民間の組織を、文化財保存活用支援団体としてそれぞれの自治体が認定することによって、官民がスクラムを組んでよりよい活用が進むことを後押しすることが可能となった。
また、民間の先駆的な活動を自治体が認定することによって後押しをすることが可能となる。法律が何かを規制するのではなく、望ましい動きを推進することに寄与することになる。これまでの自治体の施策では、公平性に配慮しなければならないことから、特定の団体と固有の協力関係を結ぶことに多分に消極的だったといえるが、この支援団体認定制度を用いることで、頑張っている団体をきちんと行政が後押しできることになったのである。
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このように2018年の文化財保護法は、建造物に限ってみても、よりよい活用へ向けた第一歩を踏み出した改正として、後年、その意義が認知されることになるだろう。中でも地域計画の導入は、これからの各地のまちづくりに歴史文化を活かした新しい視点を提供することになる。
今後の進展に私自身も各地でかかわりつつ、見守っていきたい。