AZUSA INSTITUTE OF RESEARCH 梓総合研究所

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識者の見聞録(研究理事)

建築設計とDX

YOSHIHIKO YASUNO

2024.03.01

梓総合研究所 理事
安野 芳彦

はじめに

識者の見聞録に寄稿する機会をいただき、そうそうたる研究理事の方々と肩を並べることとなり、少々後悔している。しかし、今から引き下がるわけにはいかない。建築設計者としての40年近い経験に基づき、現在関心を持っていることを随筆風に綴ることにした。

01_デジタル革新の黎明期

出典De Vinne,T.L:The invention of printing.London,1877.【VF5-Y305】

01-1:出典De Vinne,T.L:The invention of
printing.London,1877.【VF5-Y305】
この図はJ.Ammanの版画集Standebuch(1568)からの転載

近年、各分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されている。建築設計分野でも、デジタル化の波が新たな可能性をもたらし、業界全体の変革を促している。そんな事から、テーマは「建築設計とDX」とした。

1980年代半ば、我が社にもデジタル化の波が静かに訪れた。ワープロの導入から始まり、ページ編集ソフトの登場により、文書作成とプレゼン資料の作成方法が一変された。このDTPの出現により、切貼り、写植、スタトレ、など多くの言葉が死語になり、締め切り間際に印刷屋に駆け込むこともなくなった。グーテンベルグの活版印刷(1450年ごろ)以来長く続いた印刷技術がコンピューターによって身近な存在となり、設計においては特にプレゼンの分野に革命をもたらし、多くの恩恵を与えてくれた。

その後、手書きの図面が徐々にCADに取って代わられていったが、私は自分を『アナログ人間』と称し、CADへの移行に抵抗を感じていた。CADの最大のメリットはコピー&ペーストにあるが、データの蓄積と再利用が真の価値を発揮することを理解するまでには、少し時間が必要だった。やがて、社内でディテール検討委員会を立ち上げ、データベース化を推進することで、CADの利用が設計の品質と効率の向上に大きく寄与するという認識が徐々に広まった。

今振り返ると、これはDXの走りであり、過去の知を資産とし、効率的に引き出すことで、建築という一品生産に少しだけ大量生産のノウハウを入れ込むことになったのである。

そしてデジタル化の波は、設計業界全体に新たな風を吹き込み、スピードと正確さをもたらした。設計者は図面の精度を高め、図面の修正や変更に威力を発揮した。この技術革新は、建築設計の可能性を大きく広げ、未来を形作る重要な要素となったことは間違いないが、CADがDTPに比べて革命的に感じなかったのは、なぜだろうか?おそらくUIの問題も大きな要因の一つであるだろうが、手書きの図面がコンピューターに変わり、コピペや使いまわしによる効率化のためのツールとしての価値はあるものの、設計そのものの根本的な変革には至らなかったためかもしれない。これが私のCAD化への抵抗感だったのだと思う。

伝統的な活版印刷からDTPへの歴史的な移行のイメージ(DALL-Eで生成)

01-2:伝統的な活版印刷からDTPへの歴史的な移行のイメージ(DALL-Eで生成)

02_BIMの普及とDXの波

出典De Vinne,T.L:The invention of printing.London,1877.【VF5-Y305】

02-1:初期のPC/MacintoshSE/30 (apple社)とDTPソフト
/Page Maker(Aludus社)

BIM元年とされる2009年、国交省のBIM試行プロジェクトに関与した。当初は単なる設計の便利ツールとして見ていたが、設計プロセスに革命をもたらす可能性をすぐに理解した。

BIMへの転換は大きな変化であり、初期のMacに似て、使用には様々な困難が伴った。それでも、この技術は、設計のあり方を根本から変え、建築業界に新たな地平をもたらす気がして、出来の悪い子を愛おしむかのように、パソコンの再起動を繰り返した。面積表や建具表の自動生成、日射シミュレーションの容易さ、中でも、平面からF5キーで3Dを瞬時に生成し建物内部を自由に歩き回れる機能(※1)は、感動的で今でも鮮明に覚えている。CAD化に後向きだったこの「アナログ人間」を魅了し、やがてBIMは私の「神ツール」となった。

BIMの本来の目的は、建物やインフラの物理的および機能的な特性をデジタル形式で表現し共有することと言え、主要な3つの機能として、【Process】【Data Base】【Platform】に分けて捉えると理解しやすい。

【Process】では、デジタル化された設計プロセスと3DのBIMモデルにより、作業フローの最適化と統合を目指す。これには、設計、施工、運用・維持管理の各段階での情報共有とタスク管理が含まれ、プロジェクトの効率化、コミュニケーションの改善、品質とコストの最適化、設計段階のエラー発見・修正や設計案の最適化を容易にする。

【Data Base】では、建築プロジェクトに関わる建物の形状、空間の配置、使用材料、設備情報、コスト、スケジュールなど、多岐にわたるデータを統合的に管理し、関連するステークホルダー間で共有・利用することを可能にする。効率的な意思決定支援、設計の最適化、施工時の問題予測と対策、コスト管理や運用の改善に貢献する。

【Platform】では、ライフサイクル全体にわたって、プロジェクト関係者間の協力とデータ共有を促進するための中心的な技術基盤を提供する。BIMモデルの作成、管理、共有、シミュレーション、デジタルコンストラクション、AIやIOTとの連携などを通じ、プロジェクトの透明性、効率性、および成果の品質の向上が期待されている。

建築設計業界にもDXの波が押し寄せると、建物に関連する情報の価値が一気に重視され始めた。そして上記に示すようにBIMが持つ多機能性が故に、BIMがDXの主要ツールとして認知されるようになった。スマートビルディングやスマートシティの構想は、私たちの生活を根底から変える可能性を秘めており、エネルギー効率の高い建物や交通の最適化、資源の有効活用など、現代の都市が直面する課題への解決のために情報が重視されることになる。DXが、設計プロセスから、社会全体に新たな展望を提供している。

このようなデータ至上主義的な未来を空想しつつ、身の周りに目を向けると、設計者へのBIMの普及度合はなかなか進まない。

若い世代ではBIM習得率は高いが建築知識が不足していることが多く、一方、経験豊富な年配者はBIMへの抵抗を感じる方が多いようである。しかし、年配者がBIMを使いこなせれば、その影響は計り知れないと思う。BIMの便利さや、3Dモデリングの威力を、手書きやCADの経験を持つ世代ほど実感できるだろう。当時の苦労を知っているからこそ、BIMの良さ、便利さが実感できるはずなのだが、事はそう簡単ではない。

BIMは単なるツールではなく、チームでの設計においても重要な役割を果たす。知識共有や伝承においても、このツールは有効である。ベテラン層からの技術・知識の伝承は設計界でも重要な課題であり、社会が失敗に寛容だった時代とは異なり、質とスピードを兼ね備えた継承が求められている。そのためにも、BIMは、3Dでの「見える化」により自然な気づきを生み、設計作業を楽しくし、チームの一体感を醸成する。また決定プロセスの共有化が図りやすく、知識伝承を促進する。設計者の本質的役割である、「空間をデザインする」ためにBIMのメリットを最大限に活用し、楽しみながら質の高い設計を実現し、気が付けばデータが蓄積され、知識の伝承が行える。

その際、年配者にとってBIMのハードルが高ければ、同じモデルを自分で覗き、動かしながら議論することだけでも覚えることをお勧めする。きっと新しい世界が広がると思う。

02ー2:手描きから2Dを経てBIMに移行するイメージ(DALL-Eで生成)

02-2:手描きから2Dを経てBIMに移行するイメージ(DALL-Eで生成)

03_設計の未来とAI

03ー1:1516年初版の『ユートピア』の挿絵

03ー1:1516年初版の『ユートピア』の挿絵

そして、AI元年とも言われる2023年。chat GPTなど、世間はAI一色になった。

このAIの台頭は、設計業務を根本から変える可能性を持ち、私たちの想像を超える未来の都市を作り上げるかもしれない。ワクワクする未来の姿、鉄腕アトムのような未来社会が、現実味を帯び、生きている間にそんな世界をまじめに検討するなど想像もしなかった。

AIとの付き合いはまだ始まったばかり。

画像生成系のAIはイメージの手助けをしてくれるし、過去の膨大な資料からAIと対話しながら最適解を導き出すこともできる。自動設計は実務に使うには、よちよちの頭脳かもしれないが、ある一定の条件下では可能になってきている。また、これまでプログラムの専門知識が必要であったパラメトリックな設計手法は、Nocode技術の進化や生成AIによって、身近な存在になりつつある。地球環境の問題も構造計算もあらゆるものがデータと紐づき、AIによって解析され、設計に生かされるであろう。そして同時にBIMもさらに進化し、建築に関わるデータの多角的な活用が注目され、それらの恩恵として夢の未来都市の実現に近づいていく。AIとの付き合いは始まったばかりとは言え、その進化は目を見張るものがある。今取り組んでいる上記のような様々な技術も、すぐに陳腐化し、新しい方法に変わるのも当然かもしれない。。。という事は、BIMもいつまでもBIMではないという事だ。

とにかく、人間のDNAに埋め込まれた進歩欲求により、社会の成長と共に精度、スピード、質が求められ、デジタル化は進む。AIはまだまだ、フワフワしていて、社会にどんな景色として根付くのか、デジタルネイチャー(※2)の世界がどのように展開するのか未知数であるが、私たちが目指すべきは、人間の幸せと持続可能な社会構築であることに変わりはない。

今のところ、AIが判断するために人間が一生懸命デジタル化の作業をしているという事実は、決して笑える話ではない。しかし、昔はこんなことやってたんだという笑い話になるに違いない。いずれは、データ化の呪縛から解放され、ベテランの知識がAIに置き換わり、コストも自動的に算出され、図面が不要でデータを渡せば済むようになる。ほとんど全てのものがデジタルで表現され、Zero Oneに分けられる。

これまでクリアーにならない事をクリアーにしてくれるのだろうか?あるいは、デジタルの苦手とされている、「あいまいさ」や「寛容さ」も凌駕し、新たな世界観を生み出そうとするのだろうか?そんな時代を妄想しながら、新たな設計のアプローチを楽しく模索し続けることで、新しい夢のある世界を作っていくことが、設計者にとっての重要な役割だと考えている。いつの時代もユートピア(※3)を求めているのかもしれない。

03ー2:未来のユートピアを構想する建築家のイメージ(DALL-Eで生成)

03ー2:未来のユートピアを構想する建築家のイメージ(DALL-Eで生成)


※1 :ArchiCAD「ハンガリーのGRAPHISOFT社によるBIMソフト」
※2 :落合陽一「人・モノ・自然・計算機・データが接続され脱構造化された新しい自然」
※3 :トーマスモアのユートピアは、「どこにも無い」という意味の造語。当時の社会批判をすることで、理想郷を描き出そうとしたもの。1516年発表。その後一般用語になり、数々のユートピア文学が生まれている。ドラえもんのパラダビア「のび太と空の理想郷」もその一つ。また逆ユートピア(ディストピア)を描くことでユートピアを描こうとしているものも数多くある。

LEADERSHIP 研究理事・役員