RYOSUKE SHIBASAKI
2024.01.15
柴崎亮介
梓設計総合研究所 研究理事
LocationMind(株)CTO、
麗澤大学教授・副学長、東京大学特任教授(名誉教授)
このコラムは2部制です。(その1)はこちらをご覧ください
人の移動や滞留状況から消費支出やエネルギー消費などの推定ができる可能性がある。 しかしながら、個々の人を対象としてこうした情報を得ることは現時点では容易ではない。 その一方で、EUで2018年から実施されているGDPRという新しい個人情報管理政策のおかげで、本人であれば自分に関する個人履歴情報を、情報を保有している企業から個別に収集することができるようになった。これはデータポータビリティ権として確立しており、GoogleやMetaなど主要な国際企業は既に対応しているため、日本においても比較的少数の人々を対象としたデータ収集は実現できる。
例えば、ある個人の許可を得て、データポータビリティ権により得られた過去約8年分のデータを可視化した事例が図13である。世界規模でどこに出張に行ったのか、どの程度滞在していたのかが一目瞭然となる。
図13 Googleデータから抽出された過去8年間の移動履歴
さらに一日ごとの時間の使いかたを、GPSデータから得られる滞在場所という観点から明らかにしたものが図14である。図中の縦の1本1本の線分が1日24時間に対応している。 青い色は自宅に滞在していることを示しており、新型コロナ以前は夜間以外はほぼ外出しているものの、新型コロナ以降(2021年まで)は自宅に留まる時間が非常に長くなっていることがわかる。 なおこのGPSデータには滞在場所の施設種別や 移動交通手段の ラベルが添付されており外出した場合をどのようなタイプの施設に滞在していたのかを明らかとすることができる。
図14 滞在場所に着目した1日の時間の使い方と滞在場所の種別
例えば 施設種別として 店舗などの商業施設を選択すると、買い物のためにどのように 時間を使用しているかが明らかとなる(図15)。 新型コロナ発生以前と以降では、買い物に対する時間の使いかたが大きく変化している。 新型コロナ以前は買い物に使用する時間は、1回の滞在という観点で見ても、比較的長く土日を中心にバラバラと分布している。 新型コロナ以降は 買い物は 夜に限定されほぼ毎日短時間となっていることがわかる。
また図15では、買い物先を地図にマッピングしており、これによると自宅の比較的近くに集中的に分布しており、遠出をほぼしていないことがわかる。 またクレジットカードの支出記録と店舗名称を突き合わせることで、店舗ごとにどれだけの消費支出を行ったかを把握することができる。また病院などへの通院情報を拾い出すことができる。こうしたデータを収集するためには、各個人の同意とデータのダウンロードが必要であり、多数のサンプルへ得ることは、必ずしも容易ではないが、こうしたデータの事例から移動や滞留を通じて、 人々の活動が経済や環境にどのような関与・インパクトを与えているのかを定量的に把握できる可能性が広がる。
図15 買物のための訪問先の分布と訪問時間、支出金額の関連
2023年 11月に発表された ChatGPTはさまざまな質問や要望に応えて、自在に文章を生成できる能力で 世界を驚かしている。これはインターネットを通じて 超大量な文章を収集し、これらを大規模に学習することで、文章に書いてある内容を自在に組み合わせて自然な文章を作成する能力が獲得されたことを示している。このモデル開発にあたっては単語(トークン)の並びが与えられた際に、次にどのような単語が出現するかという予測問題を解くという形で学習が進められている。
人の様々な活動も滞留地点やそこでの活動のタイプが、シークエンスを構成しており 自然言語における文章と近い構造を有している。この活動のシークエンスには、滞在する施設のタイプや規模や位置、さらに移動に際しては交通サービスのタイプや移動ルートなどが深く関連している。しかし、シークエンスという構造は共通である。すると人間の移動や滞留あるいは活動といったデータが膨大に収集されれば、そのシークエンスを学習することで大規模言語モデルと同様に大規模人間活動モデルが構築可能となると期待される。このモデルを利用すると、さまざまな条件の下での将来予測や災害時などデータや情報が不十分な場合に、実際にはどのような状況が生じているのかといった推定などを実現できると期待される。また性年代や居住地あるいは勤務地など諸条件を与えることで、そういった条件を満たす人がどのような行動を行うかなどを、AIで生成することも可能になると期待される。たとえば都市における人々の行動の実態や、環境が変化した場合の行動変容、政策などによる影響の度合いなどに関する多様な質問に、定量的な答えをデータに基づき(文章ではなく)提供できるAIが出現する可能性がある。
こうした「人間行動モデル」をベースとしたAIに、リアルタイムの人々の行動モニタリングを組み合わせることで、ある種の「最適化」政策を検討することも可能になると期待される。たとえば、ロードプライシングなどの政策によって、人々の交通行動をより持続的なものへと誘導するといった内容である(図16)。これは、文章に書かれた定性的な内容だけで今後の予測などを行おうとする自然言語的なアプローチを、実際のデータに基づくロバストな予測や推定で補完するという意味で非常に大きな社会的貢献となると期待される。
図16 位置情報に基づくロードプライシングの事例(シンガポール)