TOMONARI YASHIRO
2023.09.04
野城智也
いま、サプライチェーン排出量という考え方が広く浸透している。これは、事業活動に伴う地球温暖化ガスの排出を以下の3つの範囲(scope)に分けて集計し、その総和として、事業活動に関係する地球温暖化ガス排出量をとらえようという考え方である。
Scope1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
Scope2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
Scope3 : Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)
この考え方の浸透とともに、建築の発注者からは建設会社など施工者に、建設会社からは建築構成材の生産者・供給者に対して、Scope3にかかわるデータを提出する要請が急速に増加していると聞く。建築のサプライチェーンの上流のScope 3で、大きな割合を占めるのは、建築構成材の製造・輸送に伴う地球温暖化ガスの排出である。そのため、建築構成材の生産・輸送にかかわる排出量が、実務の上でも関心が高まっていると思われる。
実は、30年以上前から、建築構成材の生産・輸送にかかわる地球温暖化ガス排出量は、Embodied Carbon と呼ばれており、その評価にかかわる研究も国内外で行われてきた。筆者もその研究者の一人である。1990年代中葉の5年間に行われた建設省総合技術開発プロジェクト「資源・省エネルギー型国土建設技術の開発」において、主要な建築構成材のEmbodied Carbonの評価が試みられている。とられた手法は、以下の二手法による。
1)産業連関表による評価
2)積み上げ法による評価
産業連関表からは、産業部門間の取引金額がわかる。そこから当該産業部門の化石燃料、電力の使用量を推測し、その産業部門から出荷された製品などの Embodied Energy、Embodied carbon を算出する、というのが産業連関表を用いた評価方法である。ただ、日本の産業連関表における国内産業部門数は、他国に比べ決して少なくはないが、それでも約400程度である。例えば、建築用金属製、民生用エアコンディショナ、製材、合板・集成材、生コンクリート、セメント製品、建設用陶磁器、木製建具といった、素材・材料レベルでの大まかな分類での算出は可能だが、例えば、アルミサッシ、キッチンセット、壁・床・天井パネル、壁紙に相当する産業部門の細分類はなく、これらの Embodied carbonを産業連関表から推測するのは容易ではない。
そこで30年前に行われた前記の建設省総合技術開発プロジェクトでは、積み上げ法による評価が試みられた。これは、建築構成材の製造過程における原材料及びエネルギーの投入量を質するアンケート票をメーカー団体(協会,工業会)宛に配布して図1の手順でデータを収集し集計したものである。回答を依頼した86製品のうち46製品について回答が得られた。投入された原材料の Embodied carbonがわからないものも少なからずあり、46製品のうち、Embodied carbonを算定できたものは19製品、これにほぼ推定できたもの9製品を加えれば、28製品について Embodied carbon が算定できた。
このように日本では既に30年ほど前に、今日のLCAでいうところのインベントリ分析(LCI)のさきがけとなる試みが行われていた。にもかかわらず、これは研究開発の範囲にとどまり、建築の実務や産業に拡がることはなかった。
一方、ヨーロッパを中心に、Embodied carbonの評価を製品表示に組み入れていこうという動きがおきる。2002年にISOのなかにISO/TC59/SC17:Sustainability in buildings and civil engineering worksという新たな分科会が設立される。筆者はISO/TC59/SC17/W4の主査を務め建築環境性能に関するISO21931という国際規格を成立させたが、そのお隣のWG、ISO/TC59/SC17/W3で起草され2007年に発行されたのが下記の規格である[1]。
ISO 21930:2007 Sustainability in building construction — Environmental declaration of building products
この規格は、建築構成材のEPD (環境宣言: environmental product declarations )にかかわる、原則と要求条件を定めたものであった。そもそも、EPDについては、あらゆる材料を対象とした一般的な国際規格として、ISO14025が定められている。ISO21930は、建築構成材を対象にしたISO14025の補完的な規格と位置づけられている。こうしたISOとしては例外ともいえる補完的な国際規格が制定された一因は、それだけ建築構成材のEPD普及を進めようとする熱心な利害関係者がヨーロッパを中心にいたことにあるのかもしれない。
ISO14025では、EPDを「同じ機能を果たす他製品との比較ができるよう、製品のライフサイクルにわたる環境関連情報を定量化したもの」と定義している。
ここでいう環境関連情報とは、具体的には表1のような内容を指す。
(上記以外に追加的指標Additional indicatorsが規格では示されているがここでは省略)
EPDは、製品やサービスの供給者の、ライフサイクルの観点に立った環境負荷削減の取り組みに関わる客観的情報を、同機能を有する他の製品・サービスと比較可能な形式で、第三者の検証を経て報告・発信することを主眼とする。 EPDは、TypeIIIの環境ラベルと位置づけられている[2]。EPDの情報をもとに、ユーザー・顧客が製品・サービスを選択することになるようになれば、Sustainability向上に寄与することになる。
EPDには、対象の区分け方によって、以下のようにいくつかの類型がある[3]。
なお、ここで類似製品とは、同じ機能をもち同じ計測単位を適用できる製品、すなわち同じPCR(Product Category Rule商品種別算定基準/製品カテゴリールール)を用いることができる製品群をいう。ここでPCRとは、 同一製品又はサービスの種別ごとの共通のLCA算定基準をいう。それぞれの製品・サービスのPCRは、諸規格を下敷きに、当該製品・サービスにかかわる関係者が合意形成しつつ原案を作成し、専門家のレビューを受けたうえで、第三者組織によって認証されるというプロセスを経て策定されている[4]。
[1] この規格は、2017年に以下のような規格として改訂されている。ISO 21930:2017 Sustainability in buildings and civil engineering works — Core rules for environmental product declarations of construction products and services(建物および土木工事における持続可能性—建設製品およびサービスの環境製品宣言のコアルール)
[2] タイプIの環境ラベル(ISO14024)では、環境基準に対する適合を第三者機関が判定し、合格した製品やサービスが認証される(例 エコマークなど)。タイプIIの環境ラベル(ISO14021)は、各事業者の自己宣言による。なおタイプIIIの環境ラベルの通則はISO14025に定められており、ISO21930がISO14025とは整合するものの、建材独自の規格として制定されたのはISOの一般原則からみれば異例である。
[3] https://www.environdec.com/all-about-epds/what-is-an-epd
[4] 例えば、日本ではサステナブル経営推進機構がPCRの策定支援を行っている。https://sumpo.or.jp/consulting/lca/lca03.html
どのようなPCRを作成するにせよ、地球温暖化ガス排出にかかわる定量的情報が抜け落ちることは考えられない。実際、表1の事例でも地球温暖化にかかわる定量的情報は主要指標に位置づけられている。従って、EPDが普及していけば、Scope3の算定は、容易になっていくことが期待される。
一般社団法人サステナブル経営推進機構によるエコリーフは日本版EPDといって良い。しかしながら、諸外国に比べ、日本におけるRPDの普及は遅々としているといわざるを得ない。それは何故か? 筆者は二つほどの要因を想像している。
その一つは、EPDを作成する労力・費用が、得られる便益に比べ小さいと日本の建築構成材メーカーが考えているためではあるまいか。日本で建築の工業化が高度に進行し、例えばバスユニットのように、一説には自動車よりも部品点数が多いともいわれるようなプレファブ化された建築構成材も少なからずある。その部品一つ一つについて環境関連情報を収集するのは膨大な作業になってしまうことは想像に難くない。
もう一つには、PCRの公開が、メーカーとして競争優位性のために秘匿しておきたいノウハウや情報を公開してしまうことになる、という懸念があるためではあるまいか。
ただ、グローバルにはEPDが材料選択における参照情報として重みを増していくであろうから、大局的に考えれば、EPDに建材メーカーが背を向け続けることは、その製品が購入の選択肢からはずれていくという意味で中長期的には日本企業の競争力を低下させてしまうおそれがある。いま求められるマインドセットは、情報を公開する透明性によって、信頼を得て競争優位にたっていく、という発想ではあるように思う。
いまBIMとEPDを連携させていく実務的な試みが、世界各地で行われている。BIMで設計情報を作成すれば、全てを手作業で数量拾いしなくとも積算ができるようになりつつあるが、そのことと同様に、BIMで設計情報を作成すれば、設計中の建築のEmbodied carbonが大きな手間をかけなくとも計算できるようにしていこうという試みであるといえる。BIM、EPDはそれぞれ別個に発展してきた。そのため、BIM上の建築構成材のEmbodied carbonにかかわる情報がEPDのライブラリのどこにあるのかを自動的に探し当てて入出力する仕組みがあるわけではない。かといってBIM上の建築構成材の属性情報に、EPDから抜き出したEmbodied carbonbのデータを手入力していたのでは、実務的とはいえない。そこで、セマンティックスなどを用いて、BIM、EPDとの間で、自動的な情報読み込み(machine readable)や、自動連携した情報処理(machine interoperable)ができるようにする研究開発が世界中で進行している。こうした流れを受け、2022年には次のような国際規格が成立している。
ISO 22057:2022 Sustainability in buildings and civil engineering works — Data templates for the use of environmental product declarations (EPDs) for construction products in building information modelling (BIM)
この規格は、EPD の情報がBIMで円滑に利活用できるようにするための原則や要求条件を定めたものである。具体的には、ISO 23386 及び ISO 23387に準拠したデータ・テンプレートを用いてEPDのデータを構造化することで、自動連携した情報処理(machine interoperable)ができるようにするための要求条件が示されている。
こうした世界の潮流をみれば、BIMで設計をすれば、設計案のEmbodied Energyが人手をあまり煩わせずに概算され、設計の参考に供されるということが実務で当たり前に行われる未来がすぐそこまでにやってきているといって良い。
であるがゆえに、筆者は、「建築構成材のEPD普及推進を」と訴えたい。
財団法人国上開発技術研究センター, (1994. 3).建設省総合技術開発プロジェクト 省資源・省エネルギー型国土建設技術に関する調査省 資源・省エネルギー型国土建設技術の開発(建築委員会) 報告書
資源有効利用を考慮した住宅構法システムに関する基礎的研究, 野城智也 山畑信博 室井俊一 田中隆司 中村幹 信太洋行, (1994). 日本建築学会 建築生産と管理技術シンポジウム論文集
鈴本道哉, 岡建雄, & 岡田圭史. (1994). 産業連関表による建築物の評価: その 3. 住宅建設によるエネルギー消費量, 二酸化炭素排出量. 日本建築学会計画系論文集, 59(463), 75-82.
神崎昌之, 柴原尚希, 鈴木好幸, 小林謙介, 伊藤聖子, 浦島茂, & 片岡顕. (2017). 建築分野における定量的環境情報宣言の活用動向. 日本 LCA 学会誌, 13(2), 142-149.
住友林業ニュースリリース 建設業界の「脱炭素設計サポート事業」開始~環境認証ラベルEPD取得・建物のCO2排出量算定を支援~ https://sfc.jp/information/news/2023/2023-02-10-01.html
Schwartz, Y., Eleftheriadis, S., Raslan, R., & Mumovic, D. (2016, April). Semantically enriched BIM life cycle assessment to enhance buildings’ environmental performance. In Proceedings of the CIBSE Technical Symposium. Edinburgh, UK.
Almeida, R., Chaves, L., Silva, M., Carvalho, M., & Caldas, L. (2023). Integration between BIM and EPDs: Evaluation of the main difficulties and proposal of a framework based ON ISO 19650: 2018. Journal of Building Engineering, 106091.
ISO 21930:2007 Sustainability in building construction — Environmental declaration of building products
ISO 21930:2017 Sustainability in buildings and civil engineering works — Core rules for environmental product declarations of construction products and services
ISO 14025:2006 Environmental labels and declarations — Type III environmental declarations — Principles and procedures
EN 15804:2012+A2:2019: Sustainability of construction works – Environmental product declarations – Core rules for the product category of construction products
ISO 22057:2022 Sustainability in buildings and civil engineering works — Data templates for the use of environmental product declarations (EPDs) for construction products in building information modelling (BIM)
ISO 19650-1: Organization and digitization of information about buildings and civil engineering works, including building information modelling (BIM) — Information management using building information modelling — Part 1: Concepts and principles
ISO 19650-2: Organization and digitization of information about buildings and civil engineering works, including building information modelling (BIM) — Information management using building information modelling — Part 2: Delivery phase of the assets
ISO 19650-3 Organization and digitization of information about buildings and civil engineering works, including building information modelling – Information management using building information modelling – Part 3: Operational phase of assets
ISO 19650-4: Organization and digitization of information about buildings and civil engineering works, including building information modelling (BIM) — Information management using building information modelling — Part 4: Information exchange
ISO 19650-5: Organization and digitization of information about buildings and civil engineering works, including building information modelling (BIM) — Information management using building information modelling — Part 5: Security-minded approach to information management
ISO 23386: Building information modelling and other digital processes used in construction — Methodology to describe, author and maintain properties in interconnected data dictionaries
ISO 23387: Building information modelling (BIM) — Data templates for construction objects used in the life cycle of built assets — Concepts and principles